人生ぬるま湯主義

つれづれなるままに以下略

七々那ナナさんはこんな短歌を詠んでいるんだぜ(20選シリーズ)

太陽に向かって歩いてきてねって言われたせいで私は迷子

 

ゆうやけは東京タワーに盗まれた 都会の空はいま雨になる

 

青空のむこうのむこうのむこうにはたぶんでっかいモンゴルがある

 

相性の悪い男とするときは死角に入って変顔してる

 

「永遠にいっしょにいよう」と言う人がわたしの道をぐちゃぐちゃにする

 

そうなのか 私みたいなやつだからうちあけられることがあるのか

 

すぐそばをスーツのカナが歩いててわざと降りなかったのさっきのバス停

 

あのちゅーが最後だったということは 眠眠打破で打破するつもり

 

"必要としてくれる人が多いほう" 卒業式にバイトを入れた

 

コマンドを「ぼうぎょ」にしても半分は傷つくのなら常に「こうげき」

 

「先輩は利き手が左なんですね」優しく伝えてくれてありがと

 

絶対に人を傷つけない君は傷つけかたを熟知している

 

好きだけじゃ上手くいかない恋なんて 知ってしまった17の夏

 

街中にスカルプチャーが香るだけで振り向くようになってしまった

 

くだらないうそをつくとき目をそらす うそが下手だと信じていてね

 

あんなにも子ども嫌いの友人は産んで、私は子どもが好きで。

 

あたたかくやさしい瞳で「がんばれ」と命令形を使う人たち

 

宇宙から逆にふわふわ見上げたら 東京ってば、こんなに、銀河。

 

「来世では優しい人になりたい」と言った少女の来世が私

 

こうやって人と笑っているうちに笑い話になりますように

 

(written by 七々那ナナ:http://www.utayom.in/users/439

 

 

 

 

 

優しい人になりたくて生まれ変わったのに、ナナさんの短歌の主人公はいまでもずっと迷子のままだ。この人が詠む短歌の語り手が生きている日々は、なんでこんなにもままならないんだろう。

女性の感情がストレートに表現された歌が多い。それは時には男に対して狡猾な仮面をかぶって振る舞う女性であったりするが、多くの場合、周りの環境に振り回されて自分自身にしがみついて耐えている女性だ。

ところで、僕はいま、このコメントを書くことを躊躇してしまっている。僕がどれだけナナさんの短歌に対してコメントを書きつらねたとしても、ナナさんの短歌が放つ熱を冷ましてしまう結果にしかならないんじゃないかと思ってしまうからだ。

上に引用した20首を読んで何かしらを感じた人は、リンクからうたよみんの歌人ページに飛んで、ナナさんの短歌を一気に読んでみるのがいい。僕のコメントを読んでいる暇があったら。そう思う。

 

 

 

 

大切なものがない部屋 発泡酒の空き缶だけがきらきら光る (根本博基)

あんず和菓子さんはこんな短歌を詠んでいるんだぜ(20選シリーズ)

じっくりとコトコト煮込んだ恋心 スパイスで あっ 振りすぎちゃった

 

法則に気づいた あたし 恋すると 苺ミルクをちょっぴり残す

 

2ミリずつずらした机ゆくゆくはきみの隣に着く予定です

 

侮れぬ小指同士のお約束 以後、積極的に使います

 

漱石が好き」と綺麗な三日月の夜に告げるその不器用さ 好き

 

女子大生! 寝るなら寝るで肩貸すよ! どうせ終点まで降りないし!

 

さようなら また会いましょう いつかまた 出来れば明日の午前中でも

 

嬉しいな  こんなに噂してくれるなんてハクションしあわへクション

 

格安のお揃いシャンプー買ってみた 枝毛増えたがきみの香りだ!

 

この際ね 熱は出ちゃって欲しいんだ あなたの風邪を貰いたいんだ

 

「あなたって、空気みたいね」「褒めてるの?」「そうよ、いないと息苦しいし」

 

あ、もしもし わたくし赤い糸電話サービスですが はなしませんか?

 

ミルクティ、くちづけしよう 今日だけはちょっと多めにシュガーを添えて

 

クッキーは焼きたてこそが至高です 冷めない距離に住んでみません?

 

「女子校のバレンタインを知ってるか」「ああそれはもう戦場らしい」

 

鳩でさえ口づけし合う春なのに おまえときたら わたしときたら

 

叶わない恋のサンプルと呼ぶにはちょっと手厳しすぎやしないか

 

疲れた日いつも頼むの梅サワー きみの名字に似てるだけです

 

「好き、嫌い」ちぎる花びらいつの間に「許す、許さない」になったんだ?

 

長時間 熟成させた恋心 オーブンで焼いてみました 焦げた

 

(written by あんず和菓子:http://www.utayom.in/users/690

 

 

 

 

一字空け、鍵括弧、句読点。和菓子さんの短歌には、読み手に読むリズムを強制するような修辞が多い。しかも、そうやって指定されるリズムが、多くの場合、57577をスラスラ読んでいくようなリズムではない。読み手は立ち止まらなくていいところで立ち止まることになる。なぜか? それは短歌の語り手の思考が、そこで一度止まっている、スムーズに流れていないからだ。

見渡すと、句またがりの歌も多い。これもまた、和菓子さんの短歌独特のリズムを生みだしている。

ぴったり57577になっていて、特に立ち止まる必要もなく読める歌では、たいてい、語り手は自信満々で何かを語っている。

そう、語り手が誰かに語りかけているスタイルの歌が多いのも特徴だ。語りかけてはいるのだけれど、それが相手に届くことを最初からどこかであきらめているようなトーンも感じられる。

机を2ミリずつずらしてみたり、クッキーが冷めない距離とまで言って一緒に住もうとは言わなかったり、思い切りがいいんだか悪いんだかわからない願望も、和菓子さんの短歌の魅力のひとつだ。

 

 

 

 

肉まんをはんぶんこしよ こうやって……大きい方はどっちが食べる? (根本博基)

紅絹さんはこんな短歌を詠んでいるんだぜ(20選シリーズ)

この町は優しい嘘で出来ていて云ってはいけないことばかり有る

 

絡ませた指から花に成っていく病をずっと欲してるのに

 

音楽も流れてきたし踊ろうか 正しいだけのマシンのように

 

少年は少年を恋う 未だ名の付けられてない薔薇が咲く夜に

 

ペコちゃんを盗んだ夜は本当に君に似てると思っていたの

 

星を見て「遠いね」と云う 淋しいという語を持たないアンドロイドは

 

綿でなく五臓六腑で出来ている人形なんて捨ててしまえよ

 

妹の裸体は綺麗 寝台で開けた深夜のポテトチップス

 

唇を触れさせるべきときでさえ神父みたいに話しやがって

 

歌えない人魚なんかを閉じ込めて恋をした気になっているのね

 

真夜中の植物園であの子には云えないことをしてしまおうか

 

散らないでいるなら造花でも良いし寝てくれるなら貴方でも良い

 

闇を行く最終バスで真っ白な指を絡める少女と少女

 

手懐けた一角獣に見せ付ける芝生のうえの僕等の情事

 

また少しアリスめいてく友人に口紅を塗り衣装を着せる

 

例文は何時も正しい メアリーとジェーンが愛し合っていてさえ

 

接吻のあとも寝ている振りをした 待っているのは王子ではない

 

地上へと沈みつつある観覧車 この恋でさえ何時かは終わる

 

この橋を渡ればきっと帰れない 小石、歯車、硝子の小鳥

 

本当の空なんて無い街なのに花も貴方も何を見てるの

 

(written by 篠原紅絹:https://twitter.com/nubatamanoyume3

 

 

 

紅絹さんの短歌はとても淋しくて、とても美しくて、そしてときどき妖艶だ。

硝子玉の中に映るお伽噺や神話の世界を切りとったかのような短歌の数々。少女愛、少年愛、夜、星、植物、といったモチーフが繰り返し登場するこれらの短歌を読んでいるうちに、不思議な森に分け入ってしまったような、”ここ”ではない街に迷い込んでしまったような、そんな感覚にとらわれてくる。

日常の裏には非日常が、光の裏には闇が、常に優しく寄り添っているのだということを教えてくれる短歌たちだ。

 

 

 

終止符を打つことを忘れたままの日記を抱いて夢を見ていた (根本博基)

ぬこさんはこんな短歌を詠んでいるんだぜ(20選シリーズ)

象たちの墓場のような車庫で待つ始発のバスが目を開けたとこ

 

暗がりの部屋で何かを踏んづけた 感触的におそらく眼鏡

 

きみんちの切れにくかった包丁を思い出しつつレモンの輪切り

 

色あせた栞がわりのレシートが語るその日のメニューはカレー

 

地下鉄でからんできたサラリーマンのズボンの丈がすごく短い

 

オレンジをきりきり強く絞ってもりんごジュースは出ないのでした

 

外人に言った駄洒落を丁寧にどう笑うのか訳されている

 

スプレーでおさえこまれた脇汗はいったいどこにいくんだろうね

 

パンだけどたぶんすべてのやどかりが住みたがるほどきれいなコロネ

 

問題は、濡れて絵が出るシステムに 君が気づかず捨ててないかだ

 

右上のツキノワグマに気づかずにひとりでピースしてるのが俺

 

電柱は実は8割ミサイルで 有事の際に飛ぶ仕様です

 

神業の駐車スキルはさておいて この隙間からどう降りますか

 

そういった意味でおすすめできそうな男子はすべて既婚者である

 

思い出のねむたいとこにいるきみに何をつたえたかったか忘れた

 

大抵のことはそつなくこなすのに牛乳パックをあけるのが下手

 

残業の暗いオフィスにでる霊が教えてくれたエクセルのコツ

 

ねえさんが偽物みたいにやさしくて大きい方のケーキをくれる

 

そのあとで、カレーはついに完成し いよいよ米を買いに走った。

 

バランスが良くないなりのバランスで奇跡のように保たれている

 

(written by ぬこ:http://www.utayom.in/users/1118

 

 

 

 

 

ぬこさんは、シチュエーション短歌の名手だ。そして、絶妙な形容を生みだす名手でもある。

読んでみればわかるように、異様な/異質な/非日常的な場面を切りとった短歌が多い。それも、わざと部分を大きく取り上げて全体にしてしまうような、シチュエーションそのもののおかしさと、ちぐはぐな描写のおかしさ。

バスの停留所を像の墓場に、チョココロネを巻貝の貝殻に喩えてしまう言語センス。

ときおり見られるしっとりした短歌が、また、いい。

ここに引いた20首だけでなく、うたよみんの歌人ページなんかでぬこさんの短歌を一気に読んでいると、まるで養老天命反転地(参考:http://gigazine.net/news/20100613_yourou_tenmei_hantenchi/)を歩いているような感覚に見舞われるのは僕だけではないはずだ。

最後に引いた「バランスが~」の歌が、短歌としていい作品であるだけでなく、そのままぬこさんの短歌の特徴を現した歌になっていると思う。

 

 

なるほどね、グラデーションになってんだ それで5巻はどの棚のどこ? (根本博基)

ネネネさんはこんな短歌を詠んでいるんだぜ(20選シリーズ)

「ねえ先輩、酔ったふりしてキスをした女のことをどう思います?」

 

少しだけのんびり二度寝をした春にあの子は泣いてた ごめん、ごめんね。

 

失敗は大失敗に隠せって前に何かの本で読んだよ

 

友達の境界線を飛び越えてこっちに来てよ、ねえほらはやく

 

降る雨の音をいっしょに数えたり いびつな形でつながったり、した

 

抱きしめてキスする前に言わなくちゃいけないことがあるんじゃないの

 

ヘルメットごしではキスはできなくて左ほっぺのえくぼを見てた

 

運命はないと思って生きている あたしの未来はあたしがつかむ

 

友達の家に泊まるよなんて嘘もう何度目か忘れちゃったよ

 

どうしてもあなたじゃないとダメらしい どうやらわたしは一途なようで

 

ほんとうは泣いて喚いてすがりたい でもほらそれは、美人のすること

 

あの人は恋人と行く旅先でいつもわたしに絵葉書を買う

 

ほっとして、緊張してまたほっとして、スーツの体が重たい電車

 

同じ服 同じ髪型 同じ顔 同じ理由の志望動機で

 

限られた天才たちのためだけに僕らのような凡人がいる

 

あの人のバイクの後ろに乗るまではわたしほんとに「いい子」だったの

 

ぜったいに忘れられない気がしてた だってあんなにキスをしたのよ

 

しばらくは聴けない歌もありますが、涙は出ません、大人ですから。

 

ねむれない夜もあったし前なんて向けない日々もあったんだった

 

前にしか進んじゃいけないわけじゃない 後戻りだってちゃんと勇気だ

 

(written by ネネネ:http://www.utayom.in/users/1149

 

 

 

ネネネさんの短歌には、不器用な恋の歌が多い。それは相手の気持ちの問題でままならない恋の歌であったり、盲目的に幸せに浸ってしまうことができない、なぜか冷静になってしまう主体の歌だったりする。あと、キスが詠みこまれた歌も多くて、それがどれも素敵な歌なのが魅力だ。

時々は強気になってみせるけど、基本的には必死でもがいて何とか息継ぎをしようとしている、その必死さに胸を打たれてしまう、みたいな短歌の数々。

うたよみんに投稿してある短歌の中からまとめようと思っていたのだけれど、Twitterにだけ投稿されていた短歌をチェックしてみたら、そちらにもいい歌が多かったので、うたよみんには投稿されていない短歌も使って20首並べてみました。

 

ぜったいに届かないって知っていて伸ばした腕が下せないまま (根本博基)

根本博基自選20首

字余りの短歌みたいにぐずぐずと生きている僕だけど許してほしい

 

 

マジシャンが右手に持って見せているタネも仕掛けもないはずの愛

壁もあり底もあるからプールでは優雅に泳いでいられる僕ら

 

きっとまた立ち直ったら連絡をよこさぬ君をなぐさめている

もう恋じゃないと感じる一方で抱きしめたいと思ってしまう

 

まわれ右してもいいけど回数は偶数回というのがルール

サンダルのままでも走れることを知る 空はひたすら青くて遠い

 

乙女だしゴーゴンだって君の眼は綺麗だねとか言われてみたい

ユニコーンの飼育係をクビになる覚悟で挑むあすのデートは

 

迷惑をかけまいとして閉じこもる殻で誰かを傷つけていた

誰かへの好意とかではなくこれは優しさという名の処世術

 

おさるからホモサピエンスに進化したときが僕らのピークでしたね

カップ麺にお湯を注いで待ちましょう 世界平和が訪れるまで

 

お風呂にてバブを入れればなぜでしょう湯船に満ちるファンタオレンジ

夕焼けがすっかり雲に溶けたのであすは真っ赤な雨の予報です

 

殺された名探偵が暗号で遺したメモを誰も解けない

密室となった書斎に残された鍵と死体とわたしの指紋

 

吊り橋のせいだとしても気のせいじゃないと思った胸の高鳴り

まだ恋と決まったわけじゃないけれど自炊をしたくなる日は増えた

 

 

生きづらい世の中ですが死にづらい諸事情もあり生きてゆきます

 

 

 

 

 

 

130首から20首選ぶということは裏を返せば100以上捨てるということで、その限られた数の歌をどう配置すればよいのか、非常に悩ましい。もっと作品の点数が多い人の20選なんか、それはそれは大変な苦労をして20首残したのだな、と自分でやってみて思った。

今回の構成は、「ベストアルバム」にはしなかったつもり。はっきりと、あるいはぼんやりと、テーマを同じくしている短歌をセットにして2首ずつ並べてみた。だいたいこんな短歌を作ってます、って自己紹介?になるようにしてみたのだが……はたして、うまくいっているだろうか。

 

 

根本博基全短歌(2016.07.16現在)

ついったでの某企画のために、中本速さんからアドバイスをいただき、ここに現在うたよみんで自作として発表している自作(実はちょっと改訂しているものもあるけれど)を並べておくことにします。付け句なんかを除いて。130首ちょっと。たぶん。

 

 

一日ずつきみがあたしに染まってく まえの男の色と知らずに

 

検索の結果によれば終電はまだ先だけど逃してもいい?


おばあちゃんこれはバースデーケーキなの口でふーってしてもいいのよ


喜んでいないと言えば嘘になる思い出さずにいないでくれて


「消え去る」の比喩に煙は適さない例として嗅ぐタバコのにおい


君のその寝顔が僕に君のこと大事にさせる(無生物主語)


魔獣園みやげとしては定番の〈ドラゴンのふん〉というチョコ菓子

 

世界から観光客が押し寄せる年に一度のクラーケン漁


背中には翼の生えた恋人の上になれずに下や後ろに


夕日さす二階角部屋 水槽で人魚が語るアトランティス


飛行機で隣り合わせたスフィンクスの手元覗けば『頭の体操』


ユニコーンの飼育係をクビになる覚悟で挑むあすのデートは


競馬よりなお軽量なジョッキーが競ペガサスでは必要である


フラスコのホムンクルスをめぐる愛憎のうずまく錬金術


憧れのマユ先輩は鉢植えの食人草を俺の名で呼ぶ


恋びとは竜族 逆さの鱗には触れないように肌を重ねる


乙女だしゴーゴンだって君の眼は綺麗だねとか言われてみたい

 

ヴァンパイアでしょう貴方は どこまでも優しいだけのキスはいらない

 

サンダルのままでも走れることを知る 空はひたすら青くて遠い


正解を見つけたような顔をして私に嘘をつくのが癖ね


痛むので心の傷に気づいても何のせいかはわかんないまま


さよならを告げる言葉の残響と春の太陽 飛翔 旅立ち


明るみになった秘密に一言も言及されず終わる夕食

 

恋という字を見かけると僕はまだポニーテイルを思い出すのか

 

自分への言い訳として飲んでいる野菜ジュースも美味しいけれど


まだ恋と決まったわけじゃないけれど自炊をしたくなる日は増えた

 

終わらない夜はないから目が覚めてしまう知らない顔の隣で


戯れが罪と呼ばれるこの街では万華鏡すらまことを映す

 

「君のため」なんて気安く言わないで。ねえ、あの鳩を撃ち落としてよ


「好きです」じゃなくて「好きかも」なんて言うあなたのことはキライかもです


期待していいけどあとで傷ついた顔しないって約束してね


三組の児島の右に出るものはいない 雑巾がけの速度で


幸せなキスで終われる童話ではないと知りつつ交わす口づけ


誰かへの好意とかではなくこれは優しさという名の処世術


お互いにあたためあえる二人ではなくて凍えて迎える夜明け


迷惑をかけまいとして閉じこもる殻で誰かを傷つけていた


焼きそばを焦がしてしまいフライパンからの訴状にふるえて眠る


「海なんてぼくは知りたくなかった」とカエルは井戸に帰宅しました


あの人が食べた果実の種ばかりお庭に植えて育ててみたい


「そういえばコレまだ言ってなかったね。あたしあんたのこと大嫌い」


まわれ右してもいいけど回数は偶数回というのがルール


上等だ 投げられた石が当たっても全部笑って流してみせる


そうやってすぐに落ち込みたがるのは君に限った話ではない


送ろうか迷ってやっぱ送らないことにしてから書き出す手紙


わたしたち見えないふりが多すぎた ガラスの靴はもう入らない


浴衣って歩きにくくて帰り道余計に時間かかるから好き


「暑いよね」「溶ける」「溶ける」と笑いあい溶けて混ざれはしない僕たち


夕立が降ってあわてて雨宿りしながらどうか好きって言って


見えますか? 心に穴が開いていて人ひとりなら通れそうです


会うために四時間かかる日々だった 今じゃ七千円かかる距離


簡単に揺らぐ自分でありたくて一人称はひとつにしない


天国ってつまらないのね。大好きな人がだぁれもいないんだもの。


言外の意味ってやつを都合よく解釈しては苦しんでいる


いつだって君が正しいことぐらいわかってるから黙ってほしい


太陽が眩しいせいだ こんなにも君の犬歯をしゃぶりたいのは


とげのある言葉で人を傷つけて優しい気持ちになりたい夜だ


あの人の背中ばっかり見つめてた(顔は好みに合わなかったし)


落ち込んでるときにいつでも励ましの言葉をくれるあなたが嫌い


吊り橋のせいだとしても気のせいじゃないと思った胸の高鳴り


ついさっき頼んだはずの熱燗がもう冷たくてあなたは無言


カップ麺にお湯を注いで待ちましょう 世界平和が訪れるまで


キレイゴトだと知っていて信じてた 綺麗なものは好きよ 何でも


君の傘大きめだから夕方の雨の予報は見なかったふり

 

優しさや愛や慈しみがほしい レプリカだって構わないから


ぬくもりがほしくて買った自販機のホットココアも冷めてしまった


僕のこと好きだとか言うあの子には後先考えない癖がある


同じ道同じ歩幅で歩いてるような二人でいれますように


隠しごとしないっていう約束をしたから秘密があるのは内緒


人生の転機がもしもあるならば今日訪れてくれますように


おさるからホモサピエンスに進化したときが僕らのピークでしたね

 

きっとまた立ち直ったら連絡をよこさぬ君をなぐさめている


僕のこと全部わかっているつもり? なるほど君はそういうやつか


大嫌いなあなたもどうか幸せになれ(わたしとは遠いところで)


食パンの耳を棄ててはいけないよ火星じゃそれは重罪になる


左手の薬指には誓約のしるしとしてのフレンチクルーラー


けんかしたあとはジャンケンする決まり パーであいこになったら握手


知りたくもない咎ごとを明かされる 正直さなど美徳ではない

 

通勤に使うダチョウが逃げちゃって仕方ないからラクダを買った

 

お風呂にてバブを入れればなぜでしょう湯船に満ちるファンタオレンジ

 

タクシーを呼んで空飛ぶ絨毯に乗ったおやじが来たからあせる


怪獣が上陸するって警報が出たので午後の授業は休み

 

ぬばたまの黒髪少女がくれたので窓辺に鎮座するラフレシア

 

夕焼けがすっかり雲に溶けたのであすは真っ赤な雨の予報です

 

天界の戦はやまず人びとのおうちの屋根に天使の骸

 

そのタバコどんな味って尋ねれば唇を指し薄くほほえむ


このビールぬるいねなんて笑いつつ枝垂桜の下で二人は


生い立ちを知り苦悩するクローンに「ソープへ行け」と北方謙三


不意打ちにときめいたけど恋になる人でもなくて笑って済ます


提案を拒む理由がないことが受ける理由になるはずもなく


もう二度と会わないことにした人と街で出会ったときのイメトレ


傷ついたわたしに優しい人がいて痛いの痛いのこの指とまれ


人は死後無になるらしい 宇宙って最初は無から生まれたらしい


正しさに価値があるのは正しさを好きな人らがいるからだろう


壁もあり底もあるからプールでは優雅に泳いでいられる僕ら


あの人にわたしこっそり惚れ薬飲まされたのよじゃなきゃ変だわ


関数のグラフにコーヒー牛乳が垂れるいきなり好きとか言うから

 

もう恋じゃないと感じる一方で抱きしめたいと思ってしまう


二学期もはじまっちゃったし夏物の恋はそろそろ割引される


彼といるときしかしない顔があるだなんてあなた気づいてないの


シャーペンの芯を出すとき絶対に長さが中途半端になること


完璧な口説き文句をもうすぐで思いつくからそこにいてくれ


雨の日に桜を見てた 花びらが次々落ちていくのを見てた


好まざる展開があり直視する準備で付けている「案の定」


嘘だったことにしようよ約束も恋も出会いも世界も全部


なんかもう色々無理で土砂降りの雨が唯一わたしの癒し


納得し枯れている木に灰をかけ無理に咲かせるのは禁止です


否定してやりたい奴がいてたぶん理由は嫉妬とかなんだけど


泣き顔は見せてやらない 最後まで背中のばして前向いて立つ


丁寧に急須でお茶を淹れている 次の電話で君とは終わる


悲しみは時が癒すと聞いたので樽のワインと共におやすみ


殺された名探偵が暗号で遺したメモを誰も解けない

 

密室となった書斎に残された鍵と死体とわたしの指紋


〈二時間後消えるナイフ〉を使ったが入手経路を特定される


公園の桜の下を掘ったのに死体がなくて調達にゆく


妹が消えてよりのち家族では行かなくなった裏山の沢

 

「犯人は自己催眠で凶行の記憶をすべてなくしたのです」


適当な動機も作る トリックが試したかっただけとも言えず

 

「被害者はみんな前世がマングース? ホシは前世がハブの奴だな」


マジシャンが右手に持って見せているタネも仕掛けもないはずの愛


偏差値も君の気持ちも変えられず夏期講習はもうじき終わる


「こんにちは。通りすがりの者ですが僕と結婚しませんか」「はい」


悟りとは遠いところで繰り返す禅問答のようなやりとり


オモイデの写真は残る いつどこでなぜ撮ったのか忘れたあとも


字余りの短歌みたいにぐずぐずと生きている僕だけど許してほしい

 

生きづらい世の中ですが死にづらい諸事情もあり生きてゆきます